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【サーフィン研究所&ドラゴン・グライド・プロダクション合作】ハービー・フレッチャー2020_(1404文字)

三蔵瀧朗からハービー・フレッチャー、

始皇帝の近影が送られてきた。

(始皇帝がわからない人は、

後で巻末(スクロール下)にあるリンクに

「サルート」だとか、

わかりやすいトリミロン理論があるので、参照されたい)

ハービーは、

1960年代当時から世界に知られたサーファーだった。

私が初めてカリフォルニアに行ったときは、

ハービーが創始したアストロデッキつながりで

カラフィア・ステートパークの上の

『サンクレメンテ・イン』

に数ヶ月滞在させていただいた。

ハービーは、

サンクレメンテの友人たちでは最古参だろう。

そんなこともあって始皇帝と名付けたが、

今はそれが完璧だったと思えてならない。

ハービーつながりで、

サンオノフレも通過した。

@sanonofresurfco

“Fish God”

JUSTIN ADAMS on

Catch Surf ODYSEA 7′

.

美住町のフィッシュゴッドは齋藤くんだが、

オリジナルのフィッシュゴッドはさらに手足が長い。

その瀧朗は、

エンシニータスからルケーディアに向かい、

そこでリバーと合流し、

サンクレメンテのブリンドレー・ストリート(Brindley St)で、

ハービーのタンドラに乗り換えて、

LAのマリブまで行っていた。

「サヴァー」

そう言いながらシャッターを押される始皇帝。

誰を撮っていたのかが気になり、

拡大しても誰かはわからないが、

ライトルーム(アドビ)の新機能で補正すると、

なんとラカ法王のお姿があった。(嘘です)

さすがです。

さらにはタイちゃんが、

1960年代のヌイーヴァのノーズライダーで上がってきて一同大感動。

なぜこのボードを知っているのかと言うと、

彼のスタジオに掲げられていたからに他ならず、

それは重いボードだが、

慣れている彼らはこうしてひょいと持つ。

タキローが入り、

始皇帝ハーさまが写真を撮り、

ハーさまが海に入るとタキローが撮る。

リバーもキャッチサーフも見える。

法王もいたらいいのに。

フレッチャー家が日本に来ると、

8ホテルに滞在するのは、

ヘア・カリフォルニアがあるからと、

タキロー家までほど近いということだろうか。

ハービーの自宅で、

ディビ特製スムージーをいただきながら質問したことを思いだした。

「ベンチャーズやビーチ・ボーイズがサーフ・サウンドとされていますが、

サーファーたちの実際は、どんなものを聴いていたのですか?」

「ベンチャーズ!?ファー!(まさか)絶対聴かなかった」

「そう思いました。サーフィンには軟弱なサウンドですよね」

「サーファーはロックを聴いていたものだ」

「へー。やはりロックなんですね」

「おうよ、ヘンドリックスとかストーンズだよ」

「ビーチボーイズのテケテケではなかったと」

「ファー(当然だという意)あんなナヨナヨの、

テケテケサウンドは、せいぜい内陸の奴らさ」

「それは今も変わりませんね」

「サーファーというのはそういうものさ」

「反骨心という奴ですか?」

「根性とか、オリジナリティ、

ビートとシャウト(叫び)だな」

さすが始皇帝である。

気合いが注入されて、

猪木さんに闘魂を入れられたようになった。

@sky_and_sea_muroto

【巻末リンク:冒頭でお約束したトリミロン】

【後のドラグラ記念特大号】Saluto Fletcher!(サルート・フレッチャー)@千葉_(3754文字)

【お暇なら1万2000字:

ドラグラ始皇帝ハービー・フレッチャーの伝記。

NALUの特集記事より加筆版。8年前】

【naki’sコラム】vol.62 The Thrill is Back. Life is Surfing._ハービー・フレッチャー2012_(12008文字)

Happy Surfing!!