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【サーフィン研究所奄美支局】聖地から伝搬するハッピーサーフィンの普及_(1999文字)

3月8日。

エスカレーターの日、

国際女性の日(International Women’s Day)、

そして鯖の日だという。

それとは関係がないが、

業務上のやりとりがあって、

サン・オノフレ・サーフ・カンパニーと話していた。

主宰のジョーも元気そうだ。

私は寝食を兼ねて、

サン・オノフレ公園にいたことが数年ある。

少し昔のことなんだけど、

なんだかなつかしくなってしまった。

ここは州立公園なので、

夜間滞在は許可されていない。

夜10時に閉門されてしまう。

取り残されると罰金がある。

なので、

閉門前に出て、

どこか(カールズJr等のビジネス駐車場)で仮眠し、

日付が変わってから開門を待つように列に駐車してしまえば、

開門の6時まで車内で睡眠ができ、

足りない分はこのように昼寝か朝寝すればいい。

(*日付が変わる前に警察権限を持った警備が一度やってくる)

これをやってみると、

同じことをしている人が多かった。

友人だけで、

バハ・ビル、

ヤーン・ヤタ(ペソズ)、

ジャスティン・アダムス、

ブラッドフォードがいて、

ジェイモーなどは、

帰る自分の部屋があるのに私たちと同じことをしていた。

いわゆるサーフ・ヒッピーみたいなものだが、

ここで誕生したサンオノフレ・サーフカンパニーがやさしいのは、

主題というか、

「『サンオノフレ』というサーフブレイクに集う人が優しい」

というのを引き継いでいるからだとして、

仮説を立ててみた。

何人で来てくれたんだ?(好意的に。また人数が多いほど良いと言う)
日本から来てくれたのか?(同上)
いい波に乗れたか?(多く乗ったほど喜ばれる)
これを食べろ。飲んでくれ。

聞いてみると、

このトレッスルズから続く、

サーフブレイクが密集するところに海岸公園を建立していて、

市民のレジャー海岸としての機能をもたせたのが1933年とあった。

(州立公園の設立は1971年)

で、

サンオノフレには、

デューク・カハナモクもやってきたし、

“Old Mans”  San Onofre.

late 1940’s

.

鎌倉のしげるさんが送ってきてくれた

この画像のように80年も前に市民はここに集い、

海を、

サーフィンを楽しみ、

自分の楽しみや食を分けて悦しんでいたと聞いた。

現代になっても、

この画像のように、

「スイカ食べてね」

こうして誰でも食べられたりもする。

sanonofre

誰かがBBQをやっていると、

ハンバーガーやホットドッグをもらえる。

チップスはもちろん、

ピザやドーナッツなどは必ずある。

実際に欠食ペソズとか、

小食ジャスティン・アダムスたちは、

このサンオノフレに来ることで、

サーフと食の相翼を達成しているようにも見える。

でも、

今いる奄美大島もすばらしい人ばかりだ。

水は温かく、

波は良く、

人はどこまでも優しい。

他人を監視したり、

その行為について批判しているのを見たことも聞いたこともない。

Amami Oshima,

March, 2021

.

波はどこまでも柔らかく、

または硬く強く、

無人波も多数あり、

私のようにリーフ好きだったり、

岩の前でサーフすることをかまわないと思えるのなら、

ここには無限の可能性がある。

勇生くんだったり、

ダイチやアンディたちというグレイトサーファーも多い。

魚もおいしいし、

果物も野菜も同様だ。

島に生きる友人たちも、

「そんなに稼いでませんが、楽しく生きています」

そんな人ばかりだ。

弘法大師空海が、

「天は世を分けず」

そんなことを言ったが、

結局は最澄とのいろいろがあり、

宗派への対抗なのか、

または混乱させたくなく、

宗教間に制限を付けてしまった。

官付による禁令が出たのが、

1198年前(823、弘仁十四年)のことだ。

でもそれからほぼ1200年後。

私たちが波乗りに願うのは、

海もそらと同じように垣根も国境も、
宗教や人種の違いすらなく、
波は風が水面におこすものとして認識し、
上記したサン・オノフレ海岸の豊かな一例を見るまでもなく、
人が人として、
お互いにやさしく接するという原点に立ち戻るべきだと、

雨の奄美大島から想い、

こんなことを書いてみた。

また長くなったが、

原稿の締め切りがないのでしっかりと書けた。(笑)

ダライ・ラカは私たちの法王だけど、

葉山(横須賀?)のガラさんは、

私たち湘南東サーファーの大先輩だ。

彼もまた横山泰介さん(ドラグラ老師)と同じように

これまで一度もえばらず怒らず接してくれたので、

法王と似た称号を付けて拝んだのも奄美だった。

Dalai Raca XXXⅧ

at Amami Oshima 2019

.

ラカ法王が奄美にやってきたのは、

今から2年も前になる。

ガラさんも77歳。

時が移ろうのは、

あっという間のことである。

【巻末リンク:ラカ法王来島のよき日】

【サーフィン研究所スペシャル】いにしえのサーフボード編:タイラー・ウォーレン1973ボンザー@奄美大島_(2222文字)

【特別リンク:奄美スゴ波】

【特大号】奄美研究所報告その2「猛烈低気圧B-Pass編」_(2899文字)

Happy Surfing and Happy Lifestyle!!