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naki's blog

【勝手に陰陽師】波、という美_(2555文字)

2015_Vivid Hawaii

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「なんと美しい…..」

源博雅(みなもとのひろまさ)は、うっとりとした声で言った。

博雅は、ボードを持ったまま、沖から目を離さない。

西うねりが届いていた。

岬の奧からやってきたその波は、

形と高さを変えないまま手前に崩れてきていた。

すらすらと規則的に白泡となる波を見て、

博雅は先ほどからこれは南のリンコンだ、

ジャスティン・アダムスこそが、

鰻捩革命(ウナギ・クネクネ・レボリューション)だ、

いやこれこそが唐土の妖魅(ようみ)の極みだと、

ぼそぼそと独語しているのである。

Church_201412_naki

阿部清明(あべのせいめい)と博雅は、

トレッスルズ最南端の砂浜にいくつかある鉄製ベンチの横にいた。

隣にいるサーファーたちのひとりは、いつかの茶板の彼だった。

清明はベンチにシングルフィンをベンチに立てかけ、

博雅と同じ波に目をやっていた。

あるひとりのサーファーが波に乗った。

フルスピードからのレイルターンにノーズライド、

そして完璧なラウンドハウスカットバック。

ハイパーフォーマンスではなく、

クラシックでもないそのスタイルを見て、

博雅は、あの技術は元帥だとか、

いや総裁だ、鰻捩(ウナクネ)のと独語していた。

聴くともなく、聴かぬともなく、

清明の耳には博雅の声が届いているらしい。

橙色のボードはまだ舞っていて、

インサイドセクションに飛ぶように入ってきた。

クリスチャン・ワックだった。

清明の紅い唇には、あるかなしかの笑みが点っている。

博雅の口から出てくる溜め息、

讃歎の声、言葉、その抑揚や呼吸の全てが、

清明にとっては心地よいらしい。

ペリカンが南から飛んできた。

雲一つない朝のカリフォルニアで、

波が喨喨(りょうりょう)と鳴り響いているようであった。

「この波の上を、

おれの魂が飛ぶように滑ってゆくような心地がするよ」

博雅は言った。

「おれが知る全ての楽の音が、ここに鳴っている。

これこそがウナクネ演楽という気持ちだ…..」

岬の奧にやってきた次の波を見て、

「何と美しい….」

博雅はもう一度言った。

波から清明に視線をもどし、

「なあ、清明よ、そうは思わぬか」

博雅はしみじみとした溜め息をついた。

「何のことだ、博雅」

清明が博雅を見やった。

「この波がだーー」

言ってから博雅は頭(かぶり)を振り、

「いや、この海がだ。今日はいつもに増して、

この海がいよいよ美しく、胸に滲み込んでくるようでないか」

そう言った。

「なるほど、そういうことか」

「何がそういうことか、だ。

おまえは今日の波に心を動かされるということはないのかーー」

「あるさ。人は、呪(しゅ)によって心を動かされもするし、

心が動けばそこに呪が生ずるのだからな」

「なに!?」

「人は呪によってこの宇宙と関わっているのだ。

美もまた、人がこの宇宙と関わるための呪といっていい」

「また呪の話か」

「まあ、聴けよ博雅」

「聴くのはいいが、話をややこしくするなよ清明」

「ややこしくはせぬ」

「ならいい」

「博雅よ、美とは何だ」

「な、な…..」

「いや、言い方を変えよう。美とはどこにある」

「な、なんだと?」

「たとえば波だ。おまえは今、波が美しいと言ったが、

その美しさとはどこにあるんだ」

「な、波にではないのか」

「さて、そこだがな、博雅ーー」

清明はその紅い唇に、楽しそうな笑みを浮かべた。

「な、波ではないのか?」

「急ぐなよ、博雅。波は波でよいのだが、

しかしただ波は波であるだけのものだぞ」

「ーー」

「たとえばだ、博雅。この世からおまえもおれも、

全ての人、全ての清明が死に絶えてしまったとしたらどうだ」

「どう?」

「波を見るものも乗るものもいなくなってしまうということさ」

「ーー」

「人がこの世から死に絶えてしまっても、波は波だ。今朝と同様に、

あのように崩れることもあろう。

波は残るが、しかし、人と共にその波の美も消え去ってしまうのだーー」

「清明、やはりおまえは話をややこしくしている」

「してはおらん」

「している」

「まあ、そう言わずに聴けよ、博雅ーー」

清明が心もち身をのり出した。

「では逆に、波がなかったとしたらどうする?」

「どうするってーー」

「波もない、海もない、

星もないーーこの世にただ独りおまえだけがある。

他のものは始めからない」

「ーー」

するとまた、さきほどと同様に、

美というものはこの世から消え去ってしまうのだよ」

「そ、それはつまり、美というものがこの世に在るためには、

それを見る者と、見られるものが必要ということか」

「そういうことだ、博雅」

「む、むう」

「源博雅だけがいて、波が無いのでは美はない。

波だけがあって、源博雅がいないのでは、やはりそこには美がない。

さらには波に乗ることができる源博雅がいて、

波があって、はじめてそこに美というものが生ずるのだ」

「ーー」

「呪とは、人そのものと言っていい。生命そのものが、呪なのだ」

「う、うむ」

「生命と宇宙とは、呪によって結ばれているのだ」

「清明よ、不思議だな」

「どうした」

「今朝は、いつものように、おまえが呪の話をしても、

頭がこんがらがったりしてこない」

「ほう」

博雅は波を見て、

「何だか、これまで以上にしみじみとあの波や海と、

このおれが結ばれているような気がするよ」

そうつぶやいた。

「よかったではないか」

「うん」

小犬のように素直に、博雅はうなずいた。

夢枕獏作

『陰陽師、太極の巻』より

「東国より上る人、鬼にあうこと」より抜粋後、

替え歌の手法で単語を入れ替えました。

私は文学の勉強をするときに、

こうして名文だと思うものを書き写すことをよくしています。

そして波乗りを学ぶときにグレイトサーファーの真似をするときがあります。

今年はタイラー・ウオーレン(ウナクネ流派影皇帝)と、

アレックス・ノスト(ウナクネ流派総帥)の混ぜたようなスタイルになりたい。

文章家はあまりにも多くの達人がいるので、

その人たちのかけらがやってきますように。

最近はクスミ(久住昌之)さん、みうらじゅんさん、東海林貞夫さん、

そしてここに書いた夢枕獏さんをたくさん読んでいます。

クスミさんの細々なダンドリくん的な考えに自分を重ねながら。

それでは、

まだまだ続くすてきなお正月をお過ごしください。

また明日ここで!