
テイルを滑らせてストールする。
バックサイドだと、
グラブレイルしてレイルコントロールができるから容易に感じる。

さて昨日。
大将花井さんと、
SE(システムエンジニア)金谷さんと早朝セッションをした。

金谷さんにはふくらはぎの強制ストレッチと、
体幹の鍛錬がいかにサーフィンに重要かをお伝えした。

花井大将は、
先日の奇跡サーファーズ岬以来で、
再会した瞬間にお顔に大輪の花が咲いたようだった。

サーフィンの記憶というのは、
釣魚と同じで、
記憶のなかで日々美化されていると気がついた。

ここからは先週の回想編となるが、
総料理長の舞台におじゃまして、
お料理の作品を撮らせていただいた。

総料理長は、
神鬼才アラン・デュカスの十大弟子のひとりであり、
アジアのデュカス団を統率し、
第1結集ではベージュ(シャネル)の仲間とともにデュカスの教法を表現する座長を務めた。

総料理長こと小島景さんは、
パレスホテルの『エステール』で付法蔵 (教えの奥義を直伝すること) を開始した。

小島さんは、
ベージュ時代に総料理長だったことから、
私たちのあいだではソーリョーリチョーと呼ばれている。

上画像は、
そのデュカス尊と、
パレスホテル東京総支配人渡部勝(わたなべ・まさる)氏だ。

ソーリョーリは、
フランス料理に傾倒し渡仏し、
パリで名を上げ、

モナコの「*ルイ・キャーンズ」でスー(副料理長)として、
フレンチ界の伝説となり、
釈尊(アラン・デュカス)によって、
日本に派遣されていまにいたる。
*Le Louis XV-Alain Ducasse

すでに43年も前のことになるが、
私は**ナルちゃんと同じころから小島さんとサーフしていた。
**成瀬さん=サーファーズ、ロースカ総オヤブン

そのご縁によって、
総料理長の自称弟子をさせていただいている。

湘南に行くと、
7時にレンバイに行き、
鎌倉フランス野菜の仕入れに参加するという名目で荷物持ちをする。

さまざまなレシピを伺ったり、
逗子では海産物を手に入れに行き、
チーム・デュカスの逸話を聞いて経を編纂させていただいている。

この日は偶然コジコジ・カズくん(旧名:シギーG)が、
レンバイ(鎌倉野菜市場)の近所にある「朝食屋コバカバ」にいた。

聞いてみると、
彼も昼頃届く南うねりを待っているという。

けれど、
なぜかその後の奇跡波には登場しなかったのが口惜しい。

推察すると、
前日のサーファーズ岬は混雑だけで、
いわゆるノーグッドだった印象をひきずっていたのだろう。

うねりは毎回違うものなので、
時には記憶を完全にリフレッシュしなくてならないと、
コジコジ・カズくんのお顔を見てわかった。

そんなこんなで佐藤隆正(さとう・たかまさ)氏によるワイン開栓について学んだ。
佐藤さんは、
イタリア大使館公認で、
イタリアワイン大使の称号を日本で初めて授与されたお方だ。

佐藤さんは、
パレスホテル東京の開業以来、
14年間もシェフソムリエとしてホテル内のワインを統括しつつ、
休日の釣り業界では、

イトウ(国内最大の淡水魚)からミーバイ(スジアラ)まで、
つまり北から南までと、
「風来坊釣り師」の鮎川魚紳を襲名されていることも付け加えたい。
いわゆる二刀流だ。

そんなこんなで7階の社員食堂に連れていっていただき、
とてもおいしいランチを得た。

6階に戻ると、
エステールのエントランスには、
マネージャーの山本晃平(やまもと・こうへい)さんと、
高松(たかまつ)さんが待ち構えられていた。

彼に模範となるサービスの心構えを伺いつつ、
ゲストの気構えとマナー等を学んだ。

私の撮ったものではないが、
こちらがエステールの店内。

ウェルカム・ディッシュには、
朝どれの鎌倉野菜が盛り付けられていた。
あのビーツくんはこうなったのだとよくわかった。



さまざまなお料理を撮らせていただいた。
こんどそれをまとめようと、
総料理長のレシピ本を実現させたい。

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【巻末リンク:総料理長とナルちゃんが揃った日】
【サーフィン研究所感涙号】土佐から湘南_総料理長のロギング_サーファーズ・リーフの歩き方_諸行無常の逗子サーファーズ_(1233文字)
【巻末リンク*2:総料理長就任時】
【サーフィン研究所渾身号】マジックボードの根底_総料理長の新表現@神がかり的プレースメントの『エステール』_(2025文字)
Happy Surfing and Happy Lifestyles!
◎
