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naki's blog

【D・G・P】小説『ジェイミー・オブ・ライアン』のバレル_後編 3of3_(2773文字)

さきほど月齢7が過ぎ、

上弦の月(waxing moon)となりました。

ワクシング・ムーンとは、

満ちていく(wax)月という意味です。

月の満ち欠けは止まらないので、

進行形としての現在分詞が付けられているのでありましょう。

キリリと冷えて、

凛としたそらでした。

上弦の月は、

昇るときにその弓部分を下に向ける。

なので、これが落ちていくものだとわかるのは、

天体に詳しいお方でありましょう。

不思議だけど、確かであり、

けれど、みんなおよそ何も知らないもの、

それがそらに浮いている。

さて、今日も昨日、

一昨日の続きからとなります。

前編はこちらです。

中編と続きました。

【D・G・P】小説『ジェイミー・オブ・ライアン』のバレル_中編 2of3_(2133文字)

[3.後編]

伸びるように拡がり、

妖獣は丸まった。

分厚い波斧の切っ先。

それがかぶさってくる。

ジェイミーは、

アールから見ると、

ほんの少しだけ下にいた。

遠くに出現するであろうアール(R)に、

パイプ状となるところをつないでラインとして、

それにレイルを合わせた。

よし、こうだ。

そうだ、そう。

左手をコンパスの針とし、

そこから一文字に右レイルをつなぎ、

後ろ足をかためた。

「極め」である。

最速方向に加重するための準備はできた。

前足はレイルの横。

いつものバック・サイドのスタイルだった。

セクションが想像したよりも拡がり、

ストールさせすぎたと確信するほど、

ビハインドに入っていた。

「奥、いや下過ぎる」

嫌な感覚である。

それでもバレルの芯に、

真芯にとどまるべく、

波からの降下重力を接結させて減速させた。

重力の急激な転化で、

まるで止まっているかのような錯覚におちいる。

それでも耐えて、

実際に速度を止め、

“ただ浮いている”

というゼロ状態となった。

ゆっくりと、

そしてしっかりと妖獣は、

ジェイミーを呑み込むように引き上げた。

よし来たぞ。

芯が近づいてきた。

まだ、

まだ、だ。

そろそろ。

ここ、だ。

小さく、

減速するように合わせると、

ザズュ(ZAZZZZU)

レイルが小さな音を立てた。

前を踏みながらレイルとテイルをフリーにした。

完璧だ。

いや、

もっと上だ。

下に降りすぎている。

深すぎたのか。

バックドア側に動かずに、

ボイルの前にいれば…。

初動、

加圧減速に対しての後悔、

滑走の過去への疑念が浮かび上がる。

こちらが挑むはずが、

すっかり腹の中に入れられてしまった。

自分の手足が重い。

体の内側から気がむしり取られて、

力を出せなくなってしまった。

負けである。

この夢のようなものに対して、

自身のありったけを込めたが、届かなかった。

だからといって、

ボードを離すことはしない。

チャンスがなくなっても、

神のような波の上で、

そんなことは意地でもしない。

ヒーローたちの顔。

いなくなってしまったあいつの顔も。

そうだ、これは彼らが乗る波でもあった。

最後までやり通すのは、

最初に決めた約束ごとだ。

この、神々しいまでのものに相対して、

自分はまだまだ小さすぎた。

ワイプ・アウトする瞬間まで、

沈むまで、

飛ばされるまで、

吸い込まれるまで、

巻き上げられるまでは、

できる限りのことをする。

さらに目線を低くした。

無になれ。

無だ。

波の内側は、

単純なる回転運動だ。

陰と陽がまわり、

光と闇も回る。

縁と業も。

そんな達観が飛来していた。

だが、

たいていそんなことは後で思いだすもので、

このときは、

ただ無と現実が明滅していただけだった。

フォーム・ボールだ。

前から来たか。

波先は海面に達すると、

泡状の層をつくる。

波の内側の泡面のことをフォーム・ボールと言う。

これは滑走するものを捕らえて、

からめて、

そして沈める悪魔のような泡面である。

「無表情で引きずり込む」

無慈悲なる泡層(フォーム・ボール)だ。

例えるとすると、

自転車に乗っているときに、

下り坂の路面にある、

泡状の落とし穴を通ることを想像してもらうとわかりやすい。

フォーム・ボールだらけとなり、

アール全面が白くなった。

「ジ・エンド」

ジェイミーは、そう悟ったのかもしれなかった。

このときの唇を誰かが見たのなら、

笑っているように見えたかもしれない。

力を抜いたのは、

ワイプ・アウトに際しての気構えというか、

長年の経験でもあり、

危険が極まったとき、

反射的に行う本能だった。

フォーム・ボールが俺をかっさらうか、

こちらのレイルがいつ沈められるのかはわからない。

ひたすら深く、

狭いアールが小さくなっていく。

後方からウェッジ。

もしかしたらバック・ウォッシュか。

波の中が動き、波面にランプが形成した。

とてもささやかなものだったが、

そのランプに押されるように、

レイルがフォーム・ボールの上に浮いた。

泡面と結合した。

さまざまなことが絡まり合い、

結集して小さな奇跡を起こした。

パイプラインの女神は、

ここで生まれ育った純粋な男に、

小さなかけらのようなチャンスを与えてくれた。

エディ・アイカウが微笑んだのか。

今だ。

体が軽くなった。

ジェイミーはバレルの外にある上部エッジ、

その一点だけを睨んだ。

レイルが波面に咬む。

この状態ならば、

連続して丸まっていくアール傾斜で、

最高速度を生み出せる。

さらに押し出されるような感覚。

これはそうだ。

よし、来るぞ。

来い。

ヴバヴァァン!!

轟音を発しながら、

この妖獣は後ろで果てた。

しこたま散って、全てを吐き出した。

これをスピットと言う。

バレルの出口がない場合は、

上や後ろに吹き上がるが、それらはスピットではない。

ただ、ここまでの巨大なスピットは、

このパイプラインであっても珍しいほど、

壮大なる波の最後だった。

よし、

いいぞ、いけ。

視界ゼロの中、

レイルを維持し、

見えるはずの、

見えてくるはずのバレル・エッジを見ていた。

今のスピットでかなり前に出られただろう。

数メートルは吹っ飛んだだろうか。

これがふたつめの奇跡である。

女神はいるね。

どこだ。

出口のエッジ(縁)はどこだ。

あ、見えた。

波よ、押せ。

倒すように押せ。

吐き出せ。

俺を外に吐き出せ。

視界はまだほぼゼロだったが、

フォーム・ボール状のアールを滑っていた。

この状態を保ち続ける限り沈まない。

けれど、バレルの喉が閉じたら終わりだ。

かみ砕かれて終わる。

ここまで来たのだ。

想いをかなえさせてくれ。

さらに浮かせろ。

もっと浮け。

上に上がれ。

上だ。

上しかない。

俺はこれをメイクするのだ。

出口が見えた。

あそこだ。

もう少し。

あと、少し。

また何も見えなくなった。

見えなきゃむずかしいんだ。

あ、白。

…..。

パッ

光があふれた。

外に弾き出されていた。

意識が戻ってきた。

自分が戻ってきた。

なんという気持ちだろうか。

血液が沸騰し、

細胞が生まれ変わっている。

人生をかけたものに勝ったジェイミーは、

仲間に向かって手を振り上げた。

そして大きく、

右手を振りかざした。

(舞台となった波は、5分26秒から始まります)