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naki's blog

【サーフィン研究所・特大号】奇跡の島の作品数種とボンザー1973のラウンドハウス・カットバック_銚子いろいろ_(2510文字)

Yakushima, Japan

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屋久島の夕陽。

私は海を見ると、気持ちが和らぐ。

同じ気持ちの方もいるかと思うので、

昔の作品を見つけてきた。

奇跡の屋久島。

地上にいて、

宇宙的な気持ちになったので、

鳥巣さん作品が表紙になった集英社文庫の

『銀河鉄道の夜』の後半部分を読み返していた。

九、ジョバンニの切符(前)

「ジョバンニは、

見ず知らずの鳥捕りのために、

なんでも差し出したいという気持ちになった」

というところに感情移入し、

「ジョバンニは、

この人のほんとうの幸せになるなら

自分は天の川の河原に百年立ち

鳥をとっていてもいい気になり、

黙っていられなくなりました」

というところまで読んで現実に戻ってきた。

次にラジコで山下達郎さんのサンデーソング・ブックを聴くと、

「世間はなんだか混沌としてきましたが、

冷静に落ち着いて、

できることをしていきましょう」

その通りなので、

こちらでは、

なるべくみなさんが楽しくなるような、

幸せな気持ちになることを掲載し、

そしてサーフィンを研究していく。

Bonzer 1973 / 6’5″ x 20-7/8” x 2-11/16”

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博物館シリーズの第二弾は、ボンザー1973。

ボートクロスの経年変化で、

樹脂を吸って痩せたところまで表現できているのは、

ひとえに前田博士の温情のおかげであります。

こういうニュアンスというか、

ディテイルに私は興奮する。

チバリーズにはサイド風が吹き荒れ、

それでもサイズがあるからいいやと決意するが、

ドラグラ・ケイスケが

「やばいです。水温が凍っています」

というような、

とてもわかりやすい文体をいただいたので、

あきらめて勝浦に南下してブバラカに行くと、

この数日の嵐でノース・ブバラカの地形が豹変していて、

急浅が遠浅になっていた。

目を入れて見ると、

北端のレフト波だけが有効斜面で、

あとは緩斜面のまま崩れる波質だった。

そのレフトにはすでにグッドサーファーたちが入っていたので、

メインに行くと、

和気あいあいという雰囲気だったので、

数本だけと決めてパドルアウトした。

これがその最初の波。

じつは3本目に追いかけた波で、

1本目は波底に人がいたのであきらめ、

2本目はショルダー側に乗りたさそうな人がパドルしたので止めた。

その次の波は、

サイズも大きく、

ただ狙いとライトにすでに流れて、

ノースピークが切り立っていたので、

レフトを見るとオープン・フェイスだった。

先日、

センターフィン先端を3cmほどカットすることにより。

水流がフィンに巻き付かなくなったようで、

抜けが良くなった。

例え話で恐縮だが、

昔に400ccのバイクに乗っていたが、

そのキャブレターを交換したときのように、

吹け上がりが良くなった。

昨日も書いたが、

カットバックにボードの性能を見た深層心理というか、

そんなことからラウンドハウスを選択した。

レイル・ラインが吹け上がり、

リエントリーのセクションエンドまで吹っ飛んでいく。

重力に逆らうのは、

しかも動力がない浮力体でこの感覚となるのは、

はっきり言って愉楽である。

セクションを形成する。

フックというか、

波エッジというか、

斜面の起点にある泡に駈けのぼるのは、

また波の始点を求めるからであろう。

なので、

こういう動きが

『リ・エントリー』と呼ばれる。

「リ」は再びという意味で、

「エントリー」は入場だ。

再入場したら、

自信が走ってきたトラック(軌跡)を見て、

次のターンを選択すればいい。

ブバラカ3本マンライでした。

話は変わって、

ここは中滝レインボービレッジ。

ここに生息するタキビネコの話はいつか書いた。

[ウナクネ三部作・序編]ネオ・フィンレスに最敬礼_炎のなかのサヴァーダ思想 バラボン論的タキビネコ論_(2088文字)

偶然、

インスタグラムで室内タキビネコの画像を載せた。

ドラグラ・プロダクションズでは、

ショートメールによる『ドラグラ通信』というのがあり、

その際に誰かが返信に添付してくれたものだが、

これが酒蔵館の旦那だったか、

法王だったか、

またはタキビ神の誰かだろう。

さて、

母の墓参りがあったので銚子に行って来た。

ということでこれは銚子店となる。

私はカルディ好きが高じて、

全店制覇を目指している身なので、

カルディがある地ではこうして写真に収めている。

犬吠埼から見た君ヶ浜。

三角岩等は、

ワールドクラスの波が来るブレイクだった。

だが、

人口リーフが入ってしまい、

波乗りどころか、

危険なサーフスポットとなってしまった。

異常なまでローカリズムが厳しかったのにも関わらず、

ローカルたちは「波を護る」ことができなかった。

それ以降、

日本各地でローカル各人が、

「俺たちはよ、この波を守っているんだよ」

そう聞くが、

私の原風景にこのブレイクがあるので聞く耳はもたない。

どの海岸も滅岸の危機に際している。

(滅岸を護岸と言い換えている)

行政に意見するには、

ローカルサーファーたちという数ではなく、

国民の支持を得て反対しないとこうなってしまう。

銚子のこれは、そんな墓標に思える。

世界がまた動き始めたらこちらにも注力したい。

運転だったので、

さすがにクラフトビールは飲めなかったが、

食は堪能した。

伊達巻き寿司に舟和の芋ようかん、

炊き込みご飯のおにぎりをお墓の前でいただいた。

小魚が水揚げされていた。

この季節だとメヒカリだろうか。

前田くんのチームライダーの伊東秀悟くんならわかるだろう。

あいにく閉店後だったけど、

その漁師秀悟くん御用達のお店。

こんな丼が食べられるという。

三色丼だか海鮮丼と記載があったけど、

前出の前田博士は、

秀悟くんに連れられてここに行き、

興奮していたことを思いだした。

旭の波は、

ウエッジだらけで、

エックスだとか、

ノース・ジュクオンみたいだった。

ちょっと前のインスタだけど、

イシイのチキンハンバーグを食べたら、

幼少時の記憶が蘇り、

味覚というのは特別だと再確認した。

ノアは釣りに夢中で、

このラージだかなんだかのバスを持っていた。

こんな色のバスがノースハワイにはいるらしい。

夜興奮したのは、

パクチー餃子だったからで、

これに黒酢と、

漬青唐辛子を刻んだものをまぶしていただいた。

長く書いちゃったけど、

そんな年度末の日。

12時9分の投稿にギリギリ間に合った。

Happy Surfing!!