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naki's blog

【サーフィン研究所】芭蕉からYMO_音頭2020_世界的カンパチの室戸岬とZライダー_(1972文字)

Bonzer 1973 / 6’5″

Photo by

@satoshikanayama

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芭蕉は「旅をすみかとする」と書いていた。

「月日は百代の過客にして、
行きかふ年もまた旅人なり」

これは名著『おくのほそ道』の冒頭である。

「舟の上に生涯をうかべ、
馬の口とらへて老いをむかふるものは、
日々旅にして、旅を栖(すみか)とす」

と続け、

私も誰もが、

それぞれの旅を続けていると定義した。

この発刊が元禄15年(1702)なので、

いまから318年も前の本だ。

私が古典に興味を持ったのは、

小学生時代にさかのぼる。

読書に明け暮れる毎日で、

教科書なら授業中も読めたので、

いわゆるジャパニーズ・クラシックを読みあさった。

私は46年前より大正文学に入魂し、

昭和と明治文学を行き来していた。

で、いま50歳を過ぎて、

宇治拾遺集や宮澤賢治を読み、

発見したのは、

現代も昔も人が抱えていた不安とか、

喜びというのは同じではないかということだ。

文明が発達し、

生活は豊かになって、

車で高速移動し、

電話のみならず、

生中継がスマートフォンで見られる時代だが、

人の心は何も変わっていない。

雨が降れば、

「光と影」が印象的になり、

宮澤賢治の心象ノートなどを読む。

すると、

賢治さんの寒い時代も、

さらに『日本霊異記(日本国現報善悪霊異記)』

という日本で最も古い説話集(弘仁13年、822年)の中でも、

善悪があり、

世のつれづれの加減は現在のいまと変わらないのだと気づいた。

「音頭」を聞いて興奮するのは、

自分が持つ遺伝子の欲求なのか、

コード進行の魔法、

はたまた音の連続としてのイディオムなのか、

そんなことを考えていたら、

BGMのYoutubeから

YMOのソリッド・ステイト・サヴァイヴァーが流れてきた。

そのままにしておくと、

今度はコズミック・サーフィン – COSMIC SURFIN´が流れてきた。

ライブ版だったのでこの録音を調べてみると、

1979年8月4日の録音とあり、

ロス・アンジェルスのグリークシアター(Greek Theatre)とあった。

長い間ロス・アンジェルス近郊に住んでいたので、

「70年代の終わりにYMOは、

グリークシアターでライブをしていた」

そんな感動と驚きがあったので調べてみると、

『チューブス』の3日公演があり、

その前座がYMOだったことにほっとした。

なぜほっとしたかと言うと、

細野晴臣さんが、

「流行ると好きなことができないだろ」

そんなことを言っていたのを思い出したからだ。

しかし、

前座異例のアンコール・コールが最終日にあり、

それが8月4日のアクトであり、

アルバム『パブリック・プレッシャー』

B面の最初に収録されていた。

なぜこんなことを思い出すのかは、

遺伝子のせいかと思ったが、

ただの記憶であり、

クロちゃんから竜一くん経由で、

レコードプレーヤーをいただき、

YMOの中古LPや、

大瀧さん関係を再購入して聴いているからだ。

CDにすると、

アルバムは1曲目から最後までつながる。

けれど、

LP盤はA面があり、

そしてB面へと続いてフィナーレとする。

よって、B面の最初の曲は、

後にどちら面を聴こうかと思案する際に重要なことである。

コラムを書きすぎて、

こんな文体になったところでカタサバ先生を思い出し、

執筆依頼の長いメールを書いた。

ブルー誌のPDFチェック、

iMovieで、

Let’s Ondo Againのミックスダウンを作ったことを思いだした。

これがその作品。

山奥で盆踊りが行われていて、

風向きによっては、

焼きトウモロコシの香りがただよってくるミックスとしつつ、

熱狂のままA面の頭に続くように仕上げた。

スカイアンドシー・ムロトの仕入れ先

『キラメッセ室戸」のお魚一覧。

世界3位のカンパチが釣れたと、

金山さんの高知新聞に大きく掲載されていた。

©高知新聞より

190cm、65.8kgのカンパチは、

室戸岬で釣れたのだそうで、

あそこにこんな怪物が泳いでいると感激していると、

同新聞には、

須崎市では22万匹のカンパチが余っているとあり、

刺身用だというので、

ふるさと納税等で購入してみようかと思っている。

瀧朗が、

アストロデッキ社の重役として天下りしたそうだが、

NAKISURFとアストロデッキ社が協同で手がけた

『Zライダー』のグラフィックが出てきた。

このアートシリーズが売れなかったのですから、

「時代が早すぎましたね」

とタキビ神になぐさめられた。

けれど、

Zライダー(Zパッド)はたくさん売れたので、

ひとつのシーンには登場したと自負している。

長くなりましたが、

本日はここまでとして、

みなさんのグッドデイをお祈りします。

今日もNAKISURFにお越しくださってありがとうございました。

Happy Surfing and Happy Life Style!!