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【サーフィン研究所特大号】音楽からの1969年_そしてその時代のサーフ・アート作品_(3050文字)

5月初頭は、

国民が辛い時期だった。

私は音楽を聴くことに没頭していた。

実際には執筆時間でも音楽を聴いていた。

レッド・ツエッペリン

クイーン

エルビス

ジョアン・ジルベルト

ニール・ヤング

ボズ・スキャッグス

バッファロー・スプリングフィールド

エバリー・ブラザース

アバ

ボニーM

アース・ウィンド・アンド・ファイアー

ビリー・ジョエル

キッス

イーグルス

ポリス

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ

UB40

そうやっていたら、

山下達郎さんがサンデーソングブック(FM)で、

大瀧さんの歌『君は天然色』をライブで歌った。

この歌は大瀧さんの金字塔であるが、

「録音しているとき、

最初の音がジャーンと出たとき、

それこそが『発明』であると、『エジソン』並でありました」

大瀧さんは、

はにかみながらそう言った。

すると、

質問者である渋谷陽一さんは、

「あれこそが発明です!ついに金鉱を掘り当てましたね」

うれしそうに話していた。

(1984年サウンドストリート特別編)

そこから大瀧さんつながりで山口百恵さん、

ピンクレディと聴きながらうたた寝をしていたら、

大瀧さんが天から降りてきて、

テーブルにいたずらをしたので、

みんなで笑った夢を見た。

夢でも良い、

あの大瀧さんを連れてきたのは、

ラジオの山下さんだ。

電波と天界。

サウンドと意識。

不思議なこともある。

人はこうして救われるのだ。

没頭することで、

天界と通信できると知った2020年のコロナ禍中。

さて、

山下さんは、

大瀧詠一さんより5歳年下(学年では4年)の仲間であり、

ナイアガラ・レーベル時代にはエース的な存在だったが、

「ぼくから見たら大瀧さんはオンタイ(御大)です」

山下達郎さんがここまで讃える超級神存在。

大瀧さんは、ミュージシャンであり、

シンガーソング・ライターでもある。

日本のロック創成期に苦労して日本語でロックを歌ってそれを定着させた。

作曲家であり、

アレンジャー、

プロデューサー、

レコードレーベルのオーナー、

ラジオDJ、

レコーディング・エンジニア、

マスタリング・エンジニアでもある。

さらに著述等々を手がけた大瀧詠一さんのことを調べていくと、

彼が一生かけて追い求めたものは、

『音頭』だったという。

ならば、

音頭を聴いてみようと、

私が所蔵する音頭の蔵を開帳すると、

「おそろしいほど良かった」のである。

中でも民謡歌手の喉を持ち、

オリエンタルとソウルを融合させ、

「マイクがいらない」

とか、

「人間アンプだった」

そんな伝説がいまだに伝わるほどの声量を持った布谷文夫さんの音頭を聴くと、

もう全てが愉快に感じられるほどすばらしい。

布谷さんを招きいれ、

1969年に『ブルース・クリエイション』

を結成した竹田和夫さんが布谷さんを表現して、

『変形ボーン・トゥ・ビー・ワイルド・ブルース・オリエンテッド・ロックシンガー」

そんな長い名前を付けていたので、

こちらも赤字にして、

見出し4と大きな文字とした。(笑)

「欧米にもどこにもいなかったほどすごかった」

そうやって讃えていた。

竹田さんは天才ギタリストだ。

なので、

音楽的な信憑性は教授クラスにマックスだろう。

余談だが、

私は音楽家ではないので、

音の正確性はわからない。

ある日、

ニール・ヤングのギターに感動していると、

ミュージシャンの友人がやってきた。

「何を聴いているんだい」

そんなことになったので、

一緒に「ハート・オブ・ゴールド」を聴いた。

「ニールのギターいいなぁ」

そう感動していると、

その彼は「でも本当に下手だよね」と言い切る。

聞き間違いかと思い、

良い方、

つまり上手だと、

結論を逆さにして記憶しようとすると、

「でもいいんだよね」と彼は続けた。

音楽は上手下手ではなく、

良いか悪いか、

楽しいか楽しくないかだと、

生前の大瀧さんのお言葉を思い出すのであります。

サーファーもそうですよね。

昨日は良いセッションだったのは、

周りのサーファーが良かったからだ。

上杉鉄平さんに西川徹くん、

イズミくんに加え、

周りはニコニコしているサーファーばかりだった。

サーフィンは、

楽しいか楽しくないかだとわかった膝腰波日。

ありがたい。

波に乗っているときは、

音頭の囃子や合いの手を思いだし

「アーソレソレ」と頭の中でやっている。

車に戻ると、

ナイアガラ音頭からはじめる。

楽しすぎるさまざまな布谷音に満たされて、

ガシラハウスに戻っても、

さまざまをかけ続ける。

音頭が月に溶け、

酒に沈んだ。

朝起きて気づいたことがある。

音頭が持つ高揚感、

太古のリズムとビートは、

細胞の機能拡張をするのだと、

仮定的にだが、断定ができた。

証拠はないが、

実際には、

タキビ神や私、

そしてバリのヤマザキさんの心を癒した。

「ワニ(輪に)なって

キリンなって アサヒなって

サントリなって サッポロ〜」

と聴きながら飲むビールはうまい。

音頭なので、

ビールがぬるくてもとことんうまい。

酔った頭で鳥味論効果のことを考える夜の愉快。

そんなある日、

イエローサブマリン音頭を再び聴いた。

感動して、

わが世界の内容とすべく、

ゴスペル訳詞をして、

先日(5/22)に掲載した。

よくよく考えると、

(このイエローサブマリン音頭に対して)

ポール・マッカートニーが許可を出したことがすごいと、

なんだか胸の奥が熱くなるほどうれしくなり、

普段あまり聴かないビートルズを聴いた。

するとやはりというか、

かなり良く、

さらにこのイエローサブマリンは、

なんと1969年リリースであることを知った。

1969年というのは、

先ほどの布谷さんもそうだが、

イーグルスもホテルカリフォルニアで

「We haven’t had that spirit here since nineteen sixty-nine(1969)”

そう歌っているし、

音楽界ではとても重要な年だったと今はわかる。

で、

この年代の気持ちをエクスプレッションするために、

イエローサブマリン音頭を聴きながらグラフィック・デザインした。

没頭である。

思ったように完成した。

ちょうど次の72時間受注Tシャツがあったので、

それを差し替えるべく、

タグレーベル(裏地の首部にシルクスクリーンされるロゴ)もこのようにして、

ビンテージバイブスとしてデザインをした。

フィンランドのインテリアデザイナー、

エーロ・アールニオ(Eero Aarnio)の代表作のボールチェアも1960年代である。

これを導線というか、

メインとして、

タイラー・ウォーレンが描いてくれたNAKISURFロゴステッカーを、

少し変なパースで貼りつけたのは、

(1969年当時から存在していた)社会風刺であり、

さらにその後には、

ゲイラカイトロゴ目玉をフラワーアレンジメントとし、

(これは限定タオルで使いましたね)

最前列に1969年発表のBMW2000tiiを小さく置き、

ロープで分厚いシングルフィンを屋根に載せ、

見えないところまでクラシックを強調しつつ、

1969年製のピンテイルだとわかるまで線を詰めた。

サンプル風にデザインしたのがこちらです。

明日の発表に間に合いますように。

そんな永い長いいろいろがあって、

自粛というか、

心が雨模様だったことを前向きにとらえられるように、

この1969年にフォーカスさせて表現した作品です。

芸大の生徒みたいだけど、

思想も動機も、

そして伝えたいことがしっかりと入ったことに大満足。

みんな楽しくやりましょう〜!

【そのゴスペル作詞】

【ドラゴン・グライド・プロダクション】ラカ法王音頭_(2007文字)

Happy Surfing and Happy Life Style!!


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