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【特大号】コスタリカーカウアイ島旅回想編=コネクターの不敗伝説_燃えろナツコorオレから読み解くラカちゃんの博識さ_(2600文字)

Nation The Connector 6’5″

Photo by Brian Miller

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今日は掲載していなかったことからポストします。

ノースハワイ(カウアイ島)のホワイトハウス前でのコネクター6’5″。

このボードはコスタリカ一ヶ月、カリフォルニア、

日本、そしてカウアイと大活躍している。

乗り味はスプーンのようにもっさりしていると思われがちだが、

シャープに、そしてスピーディに、

さらには操作性の極みというものだった。

なので、今月初旬までいたカウアイ旅のお供となりました。

さらにこの逸品さというか、

すごいのが、「全く壊れない」

というタフネスさを持っていること。

巻き(グラッシング、ラミネート)は普通なのだが、

このボードが持って生まれた幸運がある。

どうやっても壊れない。

というのは、コスタリカはリーフブレイク。

しかもインサイドが岩だらけ。

数十も付きだしていて、

流してしまうと、たいていは一度で壊れてしまう。

けれど、ボードを流す度にこのコネクターは、

岩の間を縫うようにジグザグに進み、

事なきを得たり、

または絶体絶命となると、

どこからかサーファーが現れて保護してくれるのであった。

このカウアイ旅でも到着初日に睡る場所を探していると、

突然イノシシが現れた。

急ブレーキをかけたら、

なぜかトラックの荷台が開き、ボードが落ちてしまった。

2mはある高さなのでもう観念して、

「ああ、初日なのにもう壊してしまった」

落胆しながらボードを見ると、

どこも壊れておらず、

それはキャッチサーフが下敷きとなってコネクターを保護していたのだった。

そんな運を持ったボードである。

カウアイコーヒーの名誉マネジャーであるリチャード。

彼が新居を建てたので招待された。

3寝室の豪邸。

なんでもここをバケーションレンタルとするのだそうで、

カウアイに来られる人には朗報かも。

詳しくは後日。

リチャードは、

公休日にコーヒーを自分で焙煎していて、

それが人気となって、

カウアイのほとんどハイエンドレストランで供されている。

この日は、

そのリチャードが噴火しているビッグアイランドから

『カウ』というハワイ稀少豆を持ってきた。

コナコーヒーよりもフルーティなのが特徴で、

それを焙煎すると、

たまらないほどの香りに包まれたので、

すぐに飲めるように細かく挽いてもらい、

夜にドリップ(プアオーバー)しようとすると、

その袋はパンパンにふくれていた。

このコーヒーの味は、

想像におまかせするが、

コーヒーを好きになってよかったとしみじみ感じてしまったほどである。

これはデレック(左)とリック。

カウアイではレジェンドサーファーのふたり。

特にデレックは、

私にとってウオーターマンの師匠であり、

さまざまなことを教えていただいた。

JOBこと、

ジェイミー・オブライエンのインスタグラムポスト。

キャッチサーフの日本第一戦の太東ジャムの金尾レオくんを思い出した。

(巻末にリンクあります)

ヘアカリフォルニアのNAKISURF千葉出張時は、

こうしてタキビシ愛娘ルリちゃんが聖式カットしていた。

カルちゃんは、

カットの技術もさることながら、

人柄が良く、さらには運気を上げてくれるのがうれしい。

さて、閑話休題。

フェイスブックにポストした広告写真の話となり、

「これ、1970年代の広告手法でしょ?」

こういうことに詳しいラカちゃんとそんな話題となった。

「あ、これはですね。1970年代後半の広告手法にほぼ近いです。

広告が跳躍するように快進撃したのが1970年代だとされています。

例えば、(日本の)広告費は1970年に7560億円だったものが、

1975年には1兆2375億円、そしてさらに1980年には2兆2783億円と、

5年ごとに倍増していったという背景もあります」

「すごい!数字まで暗記しているんだね。ふむふむ、それでそれで?」

「1960年代には、

日本のポップアートの奇跡とされる横尾忠則さんという先駆者たちがいまして、

1970年代には、パルコが、”ファッションの源流を訪ねていく”

という手法で広告の原点を示しましたんですよ」

「横尾さん大好き!やっぱりすごいなぁ」

「はい!横尾さんはですね、当時のモダニズムの呪縛に囚われずに、

デザインや現代美術の限界をも軽々と超えて、超越されていきました」

「ふーん」

「特筆すべきことはですね、広告創成期から100年となる老舗資生堂が、

この’70年代後半の盛り上がりにさらにガソリンを注ぐように

当時は斬新な手法であった(ロック)ミュージックと組み合わせた

『燃えろいい女』キャンペーンで文字通り燃え上がりました。

その既視感からNAKIさんがこの広告を見て、

1970年代後半だと感じるのだと思います。

これこそが燃えろナツコで、タキビネコの*サヴァーダです。うん」

(*サヴァーダは、初めての読者にはわかりづらいので、巻末にリンクしておきます)

「そうか、それにしてもタキビネコ、何しているのかなぁ。

“燃えろいい女”は覚えているよ。あれはすごかったね。

ベストテン、じゃなかった世良さん人気も含めてすごかった。

じゃあさ、”不思議大好き”とかもその時代だっけ?」

「いえ、それは西武百貨店のADシリーズですが、この直後の1981年です。

“不思議大好き”は、国民のドギモを抜いたでしょうね。

そしてさらにですね、翌年の”おいしい生活”で、

もう糸井さんはだめ押し満塁ホームランの追加点です。

“たんていです。”ではなく長島茂雄さんです。すいません。。。うふふ(笑)。

このコピーは現在も大活躍されている天才奇才黄金バット糸井さんによるもので、

あれこそが日本の広告1980年代の幕開けです。

さらに言いますと、ボディコピー時代の夜明け、幕開け、到来です」

「それにしてもラカちゃんは本当に詳しいね。さすがだね」

「いえいえ〜うふふ」(そう言って、右手を口の前に持っていった)

さて、こちらはバリ。

波が頭程度まで下がったと思ったらまた上がってきて、

またこれは大きくなるのだという。

南極うねりおそるべし。

向こうは真冬だというので、

そう考えるとこの強いうねりにも納得できます。

The Eureka GT 5’11”

at Canggu Bowl’s

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スーパーパーフェクトをエウレカで突っ走る快感は、

まるで「燃えよオレ」であります。

【この号を読み解くリンク4連発】

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【特大号】第1回WSBL改めWSBJAMジャパンラウンド2018.第一戦レポート_(3838文字)

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[ウナクネ三部作・序編]ネオ・フィンレスに最敬礼_炎のなかのサヴァーダ思想 バラボン論的タキビネコ論_(2088文字)

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【テクニック編】「テイクオフ時のレイル角度」_ここはエンドレスサマー2のロケ地_(2051文字)

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