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蘇る金鯖 復讐篇_(2692文字)【ドラグラ・プロダクションズ製作】

蘇る金鯖 復讐篇

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大鯖春彦

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高倉は日本の民衆文化、事実上の社会主義に唯一の肉親である妹を失った。
いわゆるローカル問題である。
その心の傷が怒りをたぎらせ、たぎった獣のような幻が高倉の中にはびこっていった。
誰もが尻込みする猛る波に乗ることで、かろうじて生きる力を得ていたのかもしれなかった。
雅やかなマニューバー・ラインとは対極にある荒れ狂う猛獣の止まらない滑りだった。
獰猛な波に乗るたびに血が体を駆け巡る。
あの波をメイクしたのは、偶然が入り交じった奇跡だった。
高倉は弾道のように波から弾き出されていた。
己れの破滅にまでみちびく挑戦にとりつかれている。
大波に生きがいを感じたマーヴィン・フォスターの姿は、高倉の偶像となっている。
この幻のような破滅的な人生は波で幕を閉じたい、常日頃そう思っている。
しかし、生きるという原則に太くしがみついてもいた。
無論、復讐が最前線にあり、それを果たすまでは自身の命は尽きない、そんなことも確信していた。
高倉は波乗りの方法論より熱烈なる思想を好んだ。
誰もがたどるトム・カレンやスレーター手法の丸覚えなどは興味を持たなかった。
どの滑走も高倉の中では、マーヴィンだったらどう滑ったかと、そんな意識とすり変える。
マーヴィンのラインをなぞらえていくと、そこには死が待ち受けているかもしれなかった。
この怒りが収まるのなら、死ぬことだってかまわない。
ただ、妹を殺した奴が向こうから出てくるまでは、片手だけでも動けるようにしておきたかった。
復讐や怨念などは生やさしい言葉だと思っている。
高倉は波に乗ることだけで生きていけるほどの実力があり、実際には素行さえよくしていれば、言われた日に大波に乗るだけで大金を出す企業はいくつもあった。
言われた場所で波に乗ること、コンテストなど茶番に等しい。
波情報の点数などは、花の採点や蟻の死骸の数と同じだ。
突然叩きつけるような雨が落ちてきた。
今年一番の低気圧の接近だと、AFNラジオから流れてくる。
夜明け前に高倉は、
堆く積まれた消波ブロックの内側から沖に漕ぎ出していく。
無数の大波が消波ブロックにぶち当たって辺り一面に谺していた。
これまで、海は人がかなわないものだと思っていたが、あの日から支配される側から支配する側になった。
無人でひとり海に向かうのは、危険だと民衆たちの敵意を生む。
みんな同じことをしないと、叩かれるようになった日本。
隣国の独裁国と変わらないことに民は気づいてもいない。
こんな波に入るやつはどうせ、溺れてしまえとか、波に叩きつけられて二度と上がってくるなと民衆、つまり一般サーファーは高倉のことを見て感じているのだ。
そんな悪意や敵意に晒されながら、高倉は、この世にはいなくなったマーヴィン・フォスターになり代わり、ひたすら恐ろしいまでの波に乗り続けている。
それだけで狂い出しそうな精神の均衡を保っているのだった。
この千葉から全国各地の波、そして世界へ。
高倉はエディ・アイカウが転生したサーファーだと騒がれたこともある。
しかしそれは高倉の本意ではなく、メディアはもちろん、他のサーファーに見られたくないので、ハワイに住んでいるころは沖のブレイクを好んだ。
ベルジーランドの沖のファントム、ハレイヴァの沖のヒマラヤズ、小さい日はシルバー・チャンネルやデイ・スターを高倉は好んでいた。
そのどの沖のブレイクも陸からは遙か彼方で、そして雨が降ると、どこも鮫だらけだった。
しかし高倉を襲う鮫などはいなかった。
彼の猛獣のような気が、野性の生きものには伝わるのだろうか。
「この世は、力のあるものの勝ちだ」
高倉は、心の底からそう思っていた。
Town & Countryのボードをサイズごとに互い違いで倉庫に置いていた。
そして、四国でひょんなことから
何本かのタイラー・ウォーレンのボードを寄贈された。
6’2″
6’4″
6’10”
7’6″
8’6″
9’8″
こんなラインナップだが、特にピンテイルのワイメア・ガンが、マーヴィンの意志の象徴のように思えた。
全てのブレイクで死にかけたことがある。
絶望の中でメイクし続けたのは、デューク・カハナモクやハワイの神々が彼を死ぬことを由としなかったのだろうか。
ハワイでの過酷な体験が、その反骨精神を彼の心に植え付けたのである。
翌年、高倉はビザが切れて日本に帰国した。
あいつはまだ檻の中だ。
成田空港に充満するタバコの匂いを嗅いだ瞬間、自身が絶望し、意を決してハワイに飛んだ日のことを思いだし、強く噛んだ唇から赤い血が滴った。
そのまま四国に向かい、金が尽きたので千葉の上総一ノ宮に戻ってきた。
ここには死んだ母親の家があり、高倉は彼女が残した宝石を売って生きていた。
黴が充満するような部屋の窓も開けずに、ベッドに寝転がって、古いサーファーマガジンをめくる。
高倉は夜更けに起きだし、フォード・エコノラインのイグニッションをひねり、302キュービック・インチ (5L)の Windsorに火を入れた。
1971年当時は最高峰だとされたV8エンジンの咆哮がガレージに轟く。
水温計が動く間もなく、そのまま飛び出した。風力発電のブレードの音がエンジンと同調するように聞こえ、高倉は唇を上に上げた。
カーゴエリアでは、
タイラー・ウォーレンがシェイプしたシングルフィンと、
長鳴鳥(とこよのながなきどり)色のボンザーが四国の河口で使っていたようにそのまま転がっていた。
夜明け時間になろうとしているのだが、巨大な低気圧の雲が夜と暁の間の光量を点す。
波濤だらけの海の混沌。
情けのかけらすらないタフで非情な波の群れ。
誰もいない。
誰も海を見にきてすらいない。
人という概念が失われてしまった異空間でもあった。
パドルアウトすると、ハワイの波とは違う波間隔の狭いインパクトがあった。
ダック・ダイヴして、海面に上がってきた瞬間にやってくる重い波の矢。
耐えて耐えぬくストイシズム。
非情なる海のフォルテフォルティッシモ(fortefortessimo)が高倉に叩きつけてくる。
どんなにやられても耐える。
どこまで深く沈められても上がってくる。
彼の心の奥底には、暗い憎悪と熱い怒りが渦巻いている。
この世で信頼するものは自分、そして波乗り。
復讐の相手は塀の裏だ。それまでが待てない彼は、心に巣食う闇を振り払うかのように、旅に出る。
極限の瞬間ですら己のみを信じ、どんな波も拒むことのないローンウルフ髙倉英治。
“猛獣”は海に放たれ、物語は幕を開けた…。