これは先月、
クマビーチで波の写真を撮っているときのことだ。
カメラのファインダーの端で動くものがあり、
目をやると何も見えなかった。
そんなことが数度続いたが、
浜にある穴にカニが出入りしているとわかった。
そこにレンズを向けて数秒待つと、
カニが姿を見せた。
そのイメージから私はタクボクの、
石川啄木の哀しき短歌の冒頭を思い出した。
東海の
小島の磯の
白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる
タクボクの第一歌集
『一握の砂』の冒頭部分だ。
これは明治43年(1910)に詠まれたもので、
いまから110年も前の歌になる。
現代語にすると、
わたしは東海(とうかい)の
小さな島の小磯で
泣きながらカニと遊ぶということだ。
東海は、
日本という意味だろうか。
どちらにしても磯で泣きながらカニを見るというのは、
映像的であり、
このような表現が古くからあったことに驚かさせられた。
いま啄木の歌を読むと、
繊細なる物語として、
それぞれの風景が映し出されて、
彼の純真なる心と、
傷ついた悲しみを私たちに浮き上がらせる。
Cosmos Surfboards
The Classic 8’0”
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日曜日から確かなる東北東うねりがあったのだが、
風が同方向から入るので、
ジュクオンに行くと、
風が合い、
風光明媚なコンディションとなったが、
うねりは小さくなった。
日曜日のような激烈な波もいいが、
こういう日のサーフィンもまたかけがえのない記憶として焼き付いていった。
高知出発前に見かけたニャーズ。
蔵の前にいることが多いのは、
この住人がエサをあげていると推察してみた。
けれど、
ここには誰も住んでおらず、
須崎市が管理する民泊施設だと聞いた。
なぜニャーズは、
ここに自分たちの巣があるのかを知りたくなった。
食雑誌『dancyu』の、
植野 広⽣(うえの こうせい)編集長のIGポストがあり、
そこで冷麺についてこう言及されていた。
「シンプルであることに店の料理人の姿勢と腕が出る」
ならばと、
植野編集長のようにマルタイの棒ラーメンを作り、
焼き海苔をのせてみた。
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【巻末リンク:チュラ短歌】
【巻末リンク*2:12年前の短歌】
【巻末リンク*3:寺田さんのみそひともじ】
Happy Surfing and Happy Lifestyles!!
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