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【落語】赤いボンザー by 鰻楽_(3230文字)

赤いボンザー

by 鰻楽(まんらく)

今思うと、このことは不思議なことのひとつであり、

壮大な物語の一部だとわかります。

じつは私のことでございます。

あるボンザーを娘のように愛していまして、

ただこの心境に至るまでは、

さまざまな事やご縁などがございます。

ですが、いまは語りません。

数あるマルチフィンの中でなぜボンザーなのか。

こちらもさまざまな示唆やご縁、

ささやきなどがありましたが、

結局はね、本物に、

こう触れた途端にバリバリッ!となったのでございます。

しかもこれはこの場で(NALU演芸場)、

フィッシュストーリーのときに書かせていただいたご縁でございます。

フィッシュ、フィッシュ。

うーん魚じゃねえかよ、

おい鰻楽よ、

今日はいつもの波乗り噺じゃないのかい。

いえいえ、波乗りのことでございます。

フィッシュはフィッシュでもサーフボードデザインのことでございます。

えー。カリフォルニアにサーフィング遺産館というのがあります。

サンクレメンテの丘の上にこうありまして、

近所にはサーファーズ・ジャーナルのオフィスがあり、

キャッチサーフもその横にあったりします。

そこに”取材”という名目で、

展示されている”世界最初のフィッシュ”というボードを見に行くわけです。

すると、そのフィッシュの横にこう、

ボンザーが床に横たわっているんです。

一見すると、やたらと大きなセンターフィンが付いていて、

さらにあの三角定規みたいな、

というか、きっと三角定規だろうな、

というサイドフィンがしっかりとグラスオンで付けられておりましてね、

サーフボードデザインを知る私としては、

フィンの表面積がボード体積に対してやけに多いのですから、

「ボンザー初号機はきっと重い乗り味だろう」

そんな風に館内で想像するわけです。

けれど、その元祖ボンザーに近づけば近づくほど、

その珍妙なフィン・セッティングが見えるわけです。

一歩、また一歩と進みまして、

あるところまで来ますと、

ははぁ、

こりゃまた、

ほう、

なるほどな、

と気づくわけなんです。

何を気づいたかと申しますと、

それはサイドフィンの角度。

あの三角定規はボードに対して垂直ではありません、

外側に向いていまして、そうです。

あれはフィンではなく、

斜めに付けられたレイル尾翼なのではないかと。

Alex Knost, Bonzer 2014

.

すなわち、サイドフィンはボード側といいますか、

ボードと一体となるので、

これはフィンの表面積で考えなくてもよい。

話が入り込んでしまいましたね。

まあそうやってフィッシュに、

ボンザーに感動していると、

私の横にいらした館長が、

「どーぞ持ち上げなさい」。

そうおっしゃるではないですか。

サーファーとしての威厳を持ちつつ、

そっと持ち上げてみますと、

私の体をバリバリーという稲妻が突き抜けたのです。

とにかくそんな古式、

元祖ボンザーに触れた途端に電撃が走ったのであります。

もう一度言いますが、そのときの取材対象物はフィッシュ。

フィッシュだけにサバをよんで、

「ボンザーもフィッシュ」として、

取材対象に無理やり加えようかと思いましたが、

そこはぐっとこらえて、

フィッシュだけでしっかりとやり遂げました。

それからというものはね、焦がれるわけですよ。

何って、ボンザーにですよ。

ただ、他のボンザーがやってきて、

どれどれと見てみると、何かが違う。

乗ってみると、さらに違う。

電撃の「で」の字もありませんでした。

なるほど、どのボンザーでも良いというわけではない、

ということに気づくのですね。

あの得体の知れない、

そして神々しきオーセンティックさがあってこその電撃感覚だと知るのです。

そんなこんなを考えていたらクリスチャン・フレッチャーがやってきて、

左腕にはなんと真っ赤なボンザーボードを持っています。

「おいクリスチャン、ものすごいのを持っているねお前さん」

落ち着き払った素振りでそうは言いつつも、

胸を高鳴らせながらそれを見せてもらうと、

やはり電撃がバリバリと走ります。

あの日と全く同じでした。

こりゃ本物でございます。

さらには、

「これはな、1971年製のキャンベル・ブラザーズだぜ」

魔王クリスチャンが言葉を地に落とすように教えてくれた。

ロゴなんかありゃしませんが、

そんなのは二の次です。

真性ボンザーはイナズマで知っております。

震える寸前の私の背中に、

左肩越しにこう

「親父(ハービー)のだ、乗りたければ貸すぜ」と、

そんな言葉が降りかかってくるではありませんか。

おののいて、腰を抜かしそうになってしまいましたが、

この機会を逃さぬものかと、それに乗ってみますと、

不思議や不思議。稲妻バリバリは日常となり、

さらには良い波がジャンジャンバリバリとやってきます。

それからは奇縁、良縁、そんなことになる一方で、

やがて電撃とのお別れ、返却の日が近づいてきました。

やがて、その当世きっての美女、じゃなかった赤いボンザーは、

クリスチャン家というかアジトの暗い隅に静かに戻されました。

さよならボンザー。赤い彗星よ、アディオス!

それからいくつもの季節が過ぎました。

娘カイラとCJ(ネルソン)に会いにサンタクルズに行くがてら、

ひさしぶりにクリスチャンの家に行ってみれば、

その赤いボンザーがチラっと見え、

なまめかしく、妖艶に私に迫ってくるわけです。

「明日からサンタクルズとはな、俺たちは明日サンフランシスコに行くぜ」

翌日、

クリスチャンと同行している瀧朗から届く写真を見ますと、

クリスチャンはバリー・マッギーと一緒にいるわけですよ。

しかもあの赤いボンザーを持っている。

このバリー・マッギーですが、

巷、いやサーフサブカル系では真の教祖とされていて、

その画はもちろんのこと、DFW思想に多くの人が魅せられています。

DFWとは、なんの略かと申しますと、

Down For Whatever

つまり「(前向きに)なんでも良いよ」という意味でして、

さらには「なんでも」というのを調べてみますと、

(デジタル大辞泉)「ぜひ」という言葉が踊っていました。

そうかDFWは、『ぜひ』という意味であったのか、

と背筋を伸ばしました。(巻末注釈リンク*1を参照)

そうこうしていたら、

バリーがなんとこの赤いボンザーに、

あの伝説的なストリートキャラクターの顔を描き、

その下に「D.F.W. – ぜひ」としたためました。

これを見た私にバリバリーッと、

電撃が走ったのは言うまでもありません。

(訳者注:オチがわからない人はバリー・マッギーのバリバリと、

冒頭のボンザーのイナズマを思い浮かべてバリバリしてください)

ということで、本日の卦は、

「良縁は赤の逸品にあり、方角は北。出来事は激しく」

そう相成りました。

これは、逸品は自然の理に従っている。

全てのことに「ぜひ」と前向きに、

そして実直に生きればうまくいく。

より自然体の精神で、素直にすべての物事に接し、

謙虚に生きていくのが理想的な道だと教えてくれた赤いボンザー。

この結実やいかに。

左のボンザーは、現在瀧朗が所有で、

ラカ法王の御料板です、

なので、サーファーズ岬、天皇前、

エックス、ジェフリーズ界隈で見受けられる。

ミッドレングスの極み。

【バリー・マッギーについて】

1966年、米国生まれ。

1998年にサンフランシスコ近代美術館で巨大な壁画を制作し、

同館のパーマネントコレクションに選定された。

この年は、

ウォーカー・アートセンター(ミネアポリス)で初個展を開催し、

アートシーンに彼のマジカルな波動のセンスという大興奮を与えて今に至る。

ツイスト等、たくさんの別名があることでも知られている。

(巻末注釈リンク*2を参照)

[初出自:NALU連載コラム](テラさん、ありがとうございました)

(この物語の原典は下の*3にございます)

【巻末注釈リンク*1:DFWについて】

【テクニック思想編】[必読]新サーフィン時代到来記念!_DFWフィンレスで無尽蔵のエネルギーを得た日_(1656文字)

【巻末注釈リンク*2:バリー・マッギーについて】

DFWバリー・マッギー展_サーフィンの真意とは?_(2105文字)

【巻末注釈リンク*3:物語原典】

タキビシヤス@サンオノフレ_三蔵瀧朗著『傾奇者クリスチャン・フレッチャー』_バリー・マッギーDFW開祖の結集_(2222文字)

Happy Surfing!!