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naki's blog

【naki’sコラム】vol.60 勝手に陰陽師『摩訶天仇無須編』

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夏のようなそれでいてまだ春のような。

風はない。

波は朝陽を受けて輝き、

その柔らかい斜面はいつまでも南に伸びたり、

または北に、もしくは両方向に拡がっては消えていた。

ペソズのスクールバスがあり、

それはブラッドフォードのものだった。

当人は眠り足りないのか、

昨日の酒なのかはわからぬが朝睡をしていた。

.

元丹丘(李白が尊敬していた道士)

神仙を愛す

朝には頴川の清流を飲み

暮には嵩岑の紫煙に還る

三十六峰長く周旋す

長く周旋し

星虹を躡(ふ)む

身は飛龍に騎(の)って耳に風を生じ

河を橫ぎり海を跨いで天と通ず

我は知る 爾の游心窮り無きを

.

この画を見て、

李白の詩の一片を思いだしていた。

このブラッドフォードたちは誰に信服しているのだろうか?

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さて、今日のテーマは勝手に『陰陽師』(夢枕獏著)なので、

安倍晴明と源博雅が、

このサンオノフレのフォードアーズに茣蓙(ゴザ)を敷いて座り、

各人の波乗りを眺めながら酒を口に運んでいることとしよう。

.

一.

ひときわ白いカモメが南から音もなく飛んできて、

ブラッドフォードのバスの上にふわりととまった。

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「晴明よーー」

博雅が波の音の合間に声をひそめて言った。

「何だ」

晴明が沖にある視線を動かさずに答える。

「今、すごいものを見たぞ」

「何を見たのだ」

「鳥が編隊を組んで波に乗るように飛んでいたのだ。しかも楽を奏でるようにゆるやかに、

そして波の印象的な場所では韻を踏むように羽根を翻して、そのままずっとずっと舞っていた」

「ほう」

「おまえは見なかったのか」

「見たよ」

「見て、おまえ、何も感じなかったのか」

「何のことだ」

「だからだな、晴明よ。あの鳥の舞いを見て何も想わなかったのか」

「うむ」

「鳥がだな、ここにいるどの波乗人よりも上手に波に乗ったのだぞ」

「うむ」

「まあよい、おまえはいつもそうだが、あれを見て何も感じなかったというのはおれにはわからん」

「よいか、博雅」

「うむ」

「鳥が波の上を舞うというのは、ただそれだけのことよ」

「うむ」

「しかし、いったんそれをおまえが口にするのなら、そこに呪が生まれることになる」

「また呪か。もうよい」

「まあ、聴け、博雅」

「聴いている」

「おまえがあの鳥を見て、美しいと想ったり、心を動かされるのであれば、それはおまえの心の中に美という呪が生じたということなのだ」

「むむう」

「だからよ、博雅、仏の教えに言う空(くう)というのは、まさにこのことなのだよ」

「なんだって?」

「仏の教えによればだな、この世にあるもの全ては、その本然(ほんねん)に空なるものを持っているらしい」

「色即是空というあれか」

「そうだ。鳥が波に舞って、それを源博雅が見て、はじめて美というものが生じるのさ」

「晴明よ、おまえやはりややこしいぞ」

「ややこしくはない」

「素直にきれいだった、と想えばよいではないか。不思議と想うたなら、そのまま不思議と想うたらよいではないか」

「そうか、不思議か…..」

そうつぶやいて、晴明は、何か考えることでもあるように、唇を閉じた。

「おい、晴明、どうしたのだ」

黙ってしまった晴明に、博雅が声をかける。

しかし、晴明は答えない。

「おい…..」

と、もう一度博雅が声をかけようとしたその時、

「そうか」

と、晴明は声をあげた。

「何が、そうかなのだ」

「波さ」

「波?」

博雅にはわけがわからない。

「博雅、おまえのおかげだぞ」

「何がおれのおかげなのだ」

「おまえが鳥の話をしてくれたからさ」

「ーーー」

「自分で鳥は鳥であるだけと言っておきながら、

おれの方こそ、そのことに気づいていなかったのだよ」

博雅には何がなんだかわからないが、

「そうか」

とうなずけば、

「実は、昨日から気にかかることがあってな。どうしたものかと迷っていたが、ようやくどうすればよいかがわかったのだ」

「晴明よ、それは何のことだ」

「おいおいに説明するよ。その前にひとつ頼まれてくれぬか」

「何をだ?」

「キャピストラノビーチに、摩訶天仇無須(ジャスティン・アダムス)という法師がいる。そこまで行ってもらいたいのだ」

「それはかまわぬが、その摩訶天という法師のところへ、何をしにいけばいいのだ」

「法師と言っても、実は波乗人のひとりだよ。最近法師となったのだが、昔からそこに住んでいる。これからそこに行って、次のようなことを訪ねてくれ」

「何をだ?」

「王舎城結集はいつでしたかとな」

「それで」

「おそらく知らぬと言うだろうよ。しかし、それであきらめてはいけない。このBradfordという記名と音が入った盤を持っていって、断られたらその盤をに渡して、その場で聴いてもらってくれ」

「それでどうなる?」

「たぶん話してくれるだろう。そうしたらすぐにもどってきてくれ。それまでに、おれは支度をすませておく」

「支度?」

「一緒に出かける支度さ」

「これから、おまえが摩訶天仇無須から教えてもらう場所だよ」

「よくわからんぞ、晴明ーー」

「じきにわかるさ。それよりもな、博雅、言い忘れていたが、摩訶天殿には、おれの使いだと言わぬことだ」

「何故だ」

「言わぬでも、この盤を見せればそれでわかるだろうからだ。よいか、むこうに行ってもおれの名は出すなよ」

とにかく、

「わかった」

博雅はそううなずいて、出かけていったのであった。

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二.

しばらくして、博雅が戻ってきた。

「驚いたな、晴明よ、おまえの言っていた通りだったよ」

博雅は言った。

場所は、先ほどと同じフォードアーズの海岸であったが、晴明は茣蓙(ゴザ)を木陰に移していた。

「摩訶天仇無須(ジャスティン・アダムス)殿はお元気であったか?」

「元気も何も、あの楽曲を聴いた途端にあきらめたようだったぞ」

「それはそうだろう」

「それまでは、王舎城結集のことなど知らぬと言っていたのだが、すんなりと教えてくれた」

「場所は?」

「サンディエゴの美術研究所だ」

「そうか」

「なあ、晴明よ。あの音楽にはどんな意味があるのだ。摩訶天殿は、あなたはこの字を書いた人に会いましたか、と問うてきたぞ。おれがブラッドフォー ドはスクールバスの人とは知っている、でも見かけただけで話してはいないと言ったら、ほっとしたり、本当でしょうなと念を押してきたり、見ていて気の毒の ようであったぞ」

「おぬしが鳥だからだよ、博雅ーー」

「おれが鳥?」

「そうさ。博雅はただ博雅としてそこにいるだけで、むこうが勝手に不安という呪にかかってしまったのさ。おまえがブラッドフォードに会っていないと正直に言えば言うほど、むこうは怯えたはずだ」」

「その通りだよ」

「それでよかったのさ」

「なあ、晴明、いったいあのサインにはどんな意味があるのだ?」

「ブラッドフォードだよ」

「ブラッドフォード?」

「ペソズの音を支える男さ」

「それがどうしたのだ」

「よいか、博雅、我々のような仕事をしている人間は、彼らに何が起きているのかが分かるのだ」

「何が、起きているのだ?」

「じきにわかる」

「そうか」

「それよりも、おまえ、摩訶天殿と、昔、何かあったのか」

「おれではない、総帥やケリー・スレーターたちとであったと言えばあった」

「総帥?」

「アレックス・ノストだよ」

「ああ、アレックスか。でもそれと摩訶天殿とどんな関係があるのだ」

「あとで教えるよ」

「それにだ、晴明、おまえ、おれをお使いに行かせておいて、自分はここでずっと波乗りを見ながら飲んでいたのか」

「うむ」

「おれは、おまえがいろいろと支度があるからというから行ったのだぞ。それをーー」

「まあ、待てよ。この使いは、おれであってはならぬのさ。だからおまえに行ってもらったのだ」

「どうして、おまえではいけない」

「おれの考え通りなら摩訶天は、ペソズのヤーン法師の師筋にあたるお方だからだよ。この晴明に訊かれたからと、あっさり集会場所を教えては、クールではないからな」

「なぜクールではないのだ。クールってかっこいいという意味だろ。おまえ摩訶天殿と、いさかいを起こしているのかーー」

「いさかいというほどのものではない」

「しかしあの盤とサインを見て、摩訶天殿はなぜすぐにあきらめたのだ?」

「まずはあの盤は10枚程度しか作られていないはずさ。それを博雅が持っていて、さらにはブラッドフォードのサインがあれば、この晴明が後ろにいるのはわかるはずさ。それで結集する集会場所を教えようという気になったのだ。ヤーン法師にも説明が付くことが肝心なところなのだ」

「ううむ」

「とにかく王舎城結集所がわかったのだから、出かけようではないか」

「う、うむ」

博雅は、まだ何か言いたそうであったのだが、その言葉を呑み込んでうなずいた。

「ゆくか」

「うむ」

「ゆこう」

「ゆこう」

そういうことになった。

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三.

ふたりはサンディエゴに向けて、南にゆるゆると進んでゆく。

「さあ、晴明よ、何がどうなっているのか、おれに教えてくれ」

博雅は、晴明に問うた。

「さて、では何から話そうか」

すでに晴明は覚悟を決めている様子であった。

「そもそもの始めからだ」

「ならば、摩訶天仇無須法師や鰻捻(ウナクネ)総帥が子どもだった頃の話から始めるのがよかろう」

「何年前の話だ?鰻捻もわからん」

「12、3年前の話だ。鰻捻はおいおい話す」

「それで?」

「法師や総帥たちはティーンエイジャーで、13歳年上のケリー・スレーターに憧れてコンテストに出ていた…..」

晴明はすらすらと話しはじめた。

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四.

ケリー・スレーターは、この国の東海岸の生まれである。

若くしてその才能を認められ、さらには競技も好きで、そのほとんどを勝ちまくり、王者となり、

さらには長い間勝ち続け、その名をケリー王として、この国はおろか、世界に知らしめていた。

特別に師を持ったわけではないが、その才知は優れ、鳥よりも速く舞い、剣の一閃のようなターンをする。

その頃、まだ法師になっていないジャスティン・アダムスと、まだ総帥ではなかったアレックス・ノストは、テーラー・スティールの映像でケリー王の波乗りを解析し、その腕を磨く毎日だった。

さらには各地のコンテストに出て、そのケリー王の背中を追いかけていた。

しかし、自分たちの表現と、コンテストのジャッジが求めているものが違うということを知り、そのシーンから去る決意をふたり同時にしたという。

勝ち負けがない世界。

バレルが好きなものはチューブにだけ入り、ノーズライドが好きなものはノーズライディングをすればよい。

コンテストは、好きな場所と潮位の波に乗れず、

さらには20分や30分という時間枠の中で、競技基準に沿って波乗りする不自由さ。

全員が同じ形状のボードに乗っている不自然さ。

競争に没頭し、すぐに目を吊り上げて波取りをする人たち。

シーンを離れてみると、見えてくる不快な、さまざまなものがあった。

そんな監獄のような世界から自由になったふたりが、自由な説法を持って波の上を舞うように乗ると、『サーフ・サブカルチャー(波乗り界でメインストリームではない新しいものという意)』という大きな種子が誕生し、たおやかな芽が出てきた。

そして内向的なジャスティンには、熱狂的な信者が集まるようになり、ーー彼は望んではいなかったのだろうがーー指導者(しかし彼が説法することは、基本的には内弟子にしか行わない)となり、

アレックスは、その新サーフサブカルチャーのリーダーとして世間に認識され、波に乗るために必要なサーフボードや、さらには生きていくために必要な金銭を与えてくれるスポンサーが彼の側についた。

なぜジャスティンが指導者になり得たのか、読者にはもう少し説明が必要だろう。

まずはこの根本にサブカルチャーという軸がある。

このサブカルチャー人は、メジャーな、つまり有名なものには目を向けないという性質がある。

つまり有名な、メインストリームのものを追いかけず、一風変わっている、極めて哲学的だ、波乗りの真理を求める、という共通の思想が底辺に流れている。

さらには、普通に生きたくないという個性的な欲求もこの磁力に向かって集っていくことになった。

彼ら自身のコンテスト等での、酸っぱく、そして苦い経験がさらに燃料となって、その個性は加速していった。

そうしてアレックスはこの派閥の総帥となり、またジャスティンは法師となり、世界中から思想を共にしたい弟子たちが集うようになった。

摩訶天(ジャスティン)仇無須(アダムス)という漢名がついたのがこの時とされている。

その摩訶天の愛弟子で力を付けてきたのがヤーンだ。

彼は類い希な才能があり、それは歌だったり、写真や映像、さらには人心をつかむことに長けていて、すぐに多くの信者にヤーンの名前を知られるようになった。

そのヤーンが、キャピストラノビーチにいたロビー・キーガルと一緒にモロッコに行き、相まみえたのがブラッドフォードだった。

ブラッドフォードは、”音楽こそ人生”という生涯を過ごしてきたサーファーで、さらにはケリー・スレーターと同じ東海岸の生まれ、そのヤーンは総帥と同じコスタメサ出身というのは、何の示唆があるのだろうか。

ヤーンは法師へと格が上がり、ブラッドフォードとも徐々に意気投合していった。

そしてヤーンが曲と詩を書いて歌い、ヤーンの親友ジョーイがギター&ベース、

音楽の骨組みをブラッドフォードが支えて誕生したのがペソズ(The Pesos)である。

そしてその頃、総帥は個性に磨きをかけて、ウナギクネクネ・ムーブメント、短くしてウナクネを世界に拡げていた。

前章で博雅が晴明に訊いていた『鰻捻』というのはこのウナクネのことである。

そのウナクネの持つ世界観と、ヤーンが求めた理想が合致し、さらには摩訶天仇無須法師が大好きなサーフブレイク『フォードアーズ』に総帥も含めた全員が集まるようになったのは、偶然ではなく必然だったのだろう。

やがてそれは、摩訶天法師を奉りあげることによって、密教への深さを拡げていった。

摩訶天は、その透きとおった瞳の視線、哲学的な論、的中する予言、自身の生活もミニマリズムを基本に寛大なる日々と、さらにはその長い手足を活かしたクネスタイルがEPM等のムービーで広く知られることになった。

時代の後押しもあり、メディアでいえば、厳格なサーフ世界を紹介することで知られるザ・サーファーズ・ジャーナル誌が、彼らの特集を組むほど注目が集まった。

そうしてつい先日、ウナクネアイコンとなった摩訶天仇無須法師が神格化した。

このウナクネ教だが、信仰の目的が他者やもちろん、一般大衆にはその意味を知らされておらず、それを知るためには、入信し、より深い探求心と、忠誠 心、さらには波乗りの「深み」というどのメディアでも表現していないことを知ること、その教典と教えをより理解していくと、さらには自身の位が上がってい くという教義を持つ。

「波に乗る協奏」というテーマが根本に流れ、包容力のある不文律を持ち、そして宗教につきもののお布施は「皆無」であるという事実から、貧しく、さらにはメインストリームサーフィングに疲れた、または心が離れたサーファーが随時信徒となっていく。

摩訶天のターンは絶対であるということから指導者として、しかも前出したが、内弟子にしか伝えない閉塞的な方法でそのウナクネ教は静かに、そして確かに拡がっていった。

筆者も例に漏れず、日々このウナクネ思想に没頭するほど、この広大かつ強力な磁力に吸引されている。

しかし、これら全てが盲信かもしれず、それはつまり「こうしたサブカルチャーが持つ不安」、つまり少数派にいつも起きえる不安にさいなまれている弟子も多いというのも事実である。

あるものはわかりやすいメインストリーム側に戻ったり、または結婚をきっかけに組織から離れ、またあるものはクールの基準が変わっていく。

脱退は入信と同様に自由であり、誰もそれを咎めるものもおらず、また咎めるものはウナクネではないとされている。

世の中にはこのウナクネ教と似たようなムーブメントが多くあるが、アレックス・ノストが総帥、神格化された摩訶天仇無須法師、そして影の皇帝タイラー・ウオーレンがいて、そのライフスタイルをペソズが歌うという豪華さは、どの派の追従を許さないものである。

個性的でとことんユニーク。

ただ、そのペソズが危機に瀕していると晴明は言う。

「楽団が危険だ」

「それはいいが、晴明、もしかしたらこれからおれたちが行くのはそのペソズの集会なのか」

「その通りだ」

「でも、なんで摩訶天殿は、そのヤーンに対して怖れを抱いているのか。反対ではないのか」

「じつはな、反魂の術で、ヤーンが摩訶天法師と入れ替わってしまっているのだ」

「そんなばかな」

「本当だ。おれはずっとそのことを調べていたのだ」

「なるほど、それでわかったぞ」

「なにがだ、博雅」

「摩訶天殿の家に行った時、ヤーンのシングルフィンがそこにあった。摩訶天殿は自分でシェイプするので、人の、しかもヤーンのボードがあるのは妙だったことを思いだした」

「それなんだ。体は入れ替わっても乗りたいボードは同一だ」

「それがどうした」

「そこにこの術を解く秘密が隠されているのだ」

陽はすっかりと西に傾き、椰子の木がシルエットとなってその暖色の中に浮かび上がっていた。

その暖色の向こうに塔のような建物があり、大きな半月をその後に従えていて、それは美しい絵画を見ているようだった。

「そろそろ着いたようだ」

「う、うむ」

「ブラッドフォードが迎えに来たぞ」

「しかし、どうしておれたちが来ることがわかったのだ」

「摩訶天殿が話したのだろうよ。彼の元々はヤーンだからおれたちのことは伝わっていても不思議ではない」

「ヤーンに話したのだろうか?」

「いや、ブラッドフォードは頭の良い男だ。彼はビールを買いに行くと言って出てきたのだろうよ」

ふたりは公園の芝生の上に立ち止まると、やがてブラッドフォードのスクールバスがやってきて、バスはふたりを乗せてやってきた方向に戻っていった。

夕陽は弱くなって、影というものを失い始めた刻でもあった。

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五.

スクールバスはその美術研究所の出荷場というようなところに停まった。建物の陰になっているので、黄昏も夕焼け色もなく、闇の中にナトリウム灯のオレンジ色が照らし出されていた。

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ドアを開けると、ジョーイが、持ってもおらぬギターを弾きならす仕草をし、

「晴明さん、おひさしぶりだね。サンディエゴにようこそ。そしてペソズライブにようこそ」

「ああ、おれの友人の博雅だ」

博雅の端麗な顔立ちを見て、そこにいた女たちがいっせいに博雅を見た。

「ヘーイ、晴明、来てくれたんだね。まずはビールを飲んでくれ」

かなり酔ったように見えるヤーンがやってきて、缶ビールをふたりに差し出した。

博雅はそのナトリウム灯から伸びたヤーンの影が、まるで鬼の形をしているのを見て晴明にささやいた。

「み、見ろ」

「気づかないふりをしろ」

「う、うむ」

その出荷場のどこかで鳴っている音の悪い携帯スピーカーからは、トーキングヘッズのバーニング・ダウン・ザ・ハウス(1983)がかかっていた。

“My house’s out of the ordinary That’s might don’t want to hurt nobody Some things sure can sweep me off my feet Burning down the house”

(俺の家はまともを通り越したぜ。平和でいたかったんだけど、俺はあっさりと足をすくわれてしまった。  俺の家を焼き払え)

訳注、この俺の家というのは、歌い手、主人公のことだろうか。めちゃくちゃになった自分自身を焼いて新しくしろ、そんな詩なのだろうか。
六.

今日は珍しく時間通りに始まったと、ペソズの取り巻きが口々に言っていた。

ワイリーやシーピー、彼女、彼らは常に楽団の側にいて宴を盛り上げていく。

美しく、ときに狂信的に激しく。

「おい晴明、こういうのを結集と言うのか?」

「博雅。観衆を見ろ」

「みんなひどく酔っているようだ」

「酔っているのもいるし、そうでないのもいる」

「違いがわからぬ」

「来たぞ」

晴明は楽屋側の扉から摩訶天が入ってきたのを確認した。

摩訶天がヤーンであり、ヤーンは摩訶天であるはずだが、その関連性はどこにあるのか。

そして、ここにいるヤーンも、ジョーイもどうもおかしい。

先ほどの影、鬼のせいなのか。

ここまでは、ジョーイがウエスのベースを取り上げてしまった他は上手くいったように思える。

他に記しておくべきなことは、観衆のひとりがヤーンにテキーラの小瓶を渡し、

ヤーンはそれを一気に飲み干したということくらいだろうか。

後半になって、観衆が熱狂的なボルテージとなり、

その時ーー

どこからともなく、神さびていて優雅な歌が聴こえてきた。

Cumdown

良い歌である。

どこかで聴いた声質だと思っていたら、いつのまにかヒゲ面のジム・モリソン(ドアーズ)そのものがヤーンと入れ替わって歌っているのではないか。

それを見て超興奮した観衆が次々へと前へ後ろへ、または膝を折るようにして倒れていく。

博雅も、ジム・モリソンの目に吸い込まれるように意識を失った。

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七.

「なるほど、ようやく理解できました」

「うむ」

その声の主はブラッドフォードで、晴明と話しているようだ。

噴水のある中庭に博雅は寝かされていた。

「晴明さま、それではその鬼たちはどうしたのでしょうか?」

「わからぬ。だが、もうおまえたちに悪さはしないはずだ」

「けれど、どうしてヤーン、いや摩訶天さまに入り込むことができたのか。彼らは普通の人間ではないから、不可能に近いはずです」

「反魂の術のせいだろう」

「お互いを入れ替えたというあれですか?」

「そうだ」

博雅は高くなった月を見ながら聴いていた。

「それがなぜ鬼と関係があるのでしょうか?」

「魂は容れもの、つまり肉体とは別にあるのだが、その時には免疫力のようなものを低下させるのだろう」

「その状態のときに鬼が入り込んだと。しかもジム・モリソンがヤーンになった摩訶天さまに」

「そうだ」

「でもなぜジム・モリソンなのでしょうか?」

「これは摩訶天殿もヤーンも同じだが、音楽に天才的に長けているということだろう。彼ら共通の神がジム・モリソンであり、その魂に向かっていたのだろう。それを鬼は上手く利用したのさ」

「では、ジョーイの鬼はどういうことですか?」

「あれはジョーイの弱さに起因して入り込んできた悪戯な鬼だ。おい、博雅。聴いていないでここに来て話に加われ」

「わかっていたのか」

「当たり前だ」

「ウナクネ教にとっては、せっかくの最初の結集日だったのにさんざんな結果となったものだな」

「時代がまだ彼らを許さなかったのだろう」

「まさか鬼とはな」

「まだこの現代になっても鬼や妖怪の類はいる。しかも奴らは純粋に生きている人間を惑わしてくる」

「惑わされる人がすごいのか」

「そうともいえる。魂が入れ替わった時点で鬼たちは気づくのだろう」

「なあ、晴明よ、しかしなぜヤーンは摩訶天殿と入れ替わりたくなったのだろうか」

「俺にはわかります」

ブラッドフォードが口をはさんだ。

「普段はそれを抑えているけど、ヤーンは全て欲しくなる人なんです。ウナクネ教祖になったり、摩訶天のようにサーフしたり、この世界の頂上に立ちたかったのでしょう」

「ヤーンはどうした?」

「フォードアーズに戻ったようです。シーピーとワイリーが送っていきました」

「摩訶天殿は?」

「不思議なんですけど、ご自分に戻られた途端に消えてしまいました」

「彼はどこかに行きたかったのだろうよ」

「そうだろうか。俺はこのままで十分だ。自分のままでいい」

「それはいい、博雅。だからおまえは博雅なのだ」

「どういう意味だ?」

「まあ良い」

「良くはない」

「まあまあ、おふたりさん、送りますよ。フォードアーズまで行きましょう。きっとヤーンも酔いつぶれているはずですし」

「そうだな、ヤーンにも会いたくなったな」

「はい、本物のヤーンの歌を聴きませんか。酔ったときの彼の歌はジム・モリソンの倍以上です」

「そうだといいのだがな」

そう言って晴明と博雅は歩き出した。

バスが走り出し、

フリーウエイに乗ったときに博雅は、何の気なしに後部を見た。

乱雑に置かれたさまざまな楽器の間に、満足顔の摩訶天が寝ていた。

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(了、4/25/2014)