銀鯖道の夜
三十七
南十字路とタキビシン海岸10
櫻のいつぱいに生えている向うに、
白い岩が、
まるでエツクスのやうに平らに浜に沿つて出てゐるのでした。
「行つてみよう。」
ジロバンニは、
そつちの方へ走りました。
その白い岩になつた處の入口に〔タキビシン海岸〕といふ、
瀬戸物のつるつるした標札が立つて、
向うの渚には、
ところどころ細い鐵の欄干も植ゑられ、
木製のきれいなベンチも置いてありました。
「おや、變なものがあるよ。」
シギパネルラが、
不思議さうに立ちどまつて、
板のやうな、
細長いさきの尖つたものをひろひました。
「花火の包みだよ。
そら澤山ある」
【解説】
櫻のいつぱいに生えている向う=桜の木の向こう
エツクスのやうに=エックスのように(上画像)
沿つて出てゐる=沿って出ている
處=所
鐵=くろがね、鉄
植ゑられ=建てられ(下二段活用)
變=変
澤山=たくさん
この章の舞台であるタキビシン海岸では、
想像世界が幻想としてディスプレイされているといえる。
ジロバンニは幻想において、
己(自分)の姿を見させつつ、
別次元(マルチバース)に入っていると言える。
しかし、
その幻想はここタキビシン海岸との関係に依拠されていて、
その裂け目から、
花火の殻という現実が垣間見えるのは、
幻想世界に安住する読者を不意打ちにする。
(38へ続きます)
文責:華厳旭 D.G.P.
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