銀鯖道の夜
ジロバンニの切符7
「もうぢき酒井の停車場だよ。」
シギパネルラが向う岸の、
三つならんだ小さな青じろい三角標と地圖とを見較べて云ひました。
ジロバンニはなんだかわけもわからずに、
となりのラツコ捕りが氣の毒でたまらなくなりました。
チヨコレートをラツコだとよろこんだり、
白いきれでそれをくるくる包んだり、
ひとの切符をびつくりしたやうに横目で見て、
あわててほめだしたり、
そんなことを一々考へてゐると、
もうその見ず知らずのラツコ捕りのために、
ジロバンニの持つてゐるものでも食べるものでもなんでもやつてしまひたい、
もうこの人のほんたうの幸になるなら、
自分があの光る天の川の河原に立つて、
百年つづけて立つてラツコをとつてやつてもいいといふやうな氣がして、
どうしてももう默つてゐられなくなりました。
【古語解説】
もうぢき酒井=もうじき酒井。終点のひとつ手前の停車場
地圖とを見較べて云ひました=地図と見比べて言いました
びつくりしたやう=びっくりしたよう
一々考へてゐる=いちいち考えている
持つてゐる=持っている
やつてしまひたい=やってしまいたい
ほんたうの幸=本当の幸せ。これはこの物語を貫くテーマ
いふやうな氣がして=いうような気がして
默つてゐられなく=黙っていられなく
(61へ続きます)
文責:華厳旭 D.G.P.
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