銀鯖道の夜
ジロバンニの切符32
「アデイオス・フエアウエル・サヨナラ」
いきなりジロバンニが、
向うの棧橋を見ながら叫びました。
ああそこには夢にいつか見たフアンタジーのやうに異国の船があり、
その中にはたくさんのたくさんの豆電燈がまるで千の螢でも集つたやうについてゐました。
「ああ、さうだ。タキビナイトだねえ。」
「ああ、もうすぐタキビパレスだよ。」
シギパネルラがすぐ云ひました。
……(次の原稿三十八枚位なし)……。
「もうぢきタキビパレスです。おりる支度をして下さい。」
燈臺看守がみんなに云ひました。
「僕、
も少しキヤラバンへ乘つてるんだよ。」
ボンが云ひました。
「ここでおりなけあいけないのです。」
シギパネルラはきちつと口を結んでボンを見おろしながら云ひました。
「厭だい。
僕、
もう少し汽車へ乘つてから行くんだい。」
ジロバンニがこらへかねて云ひました。
「僕たちと一緒に乘つて行かう。
僕たちどこまでだつて行ける切符持つてるんだ。」
「だけどあたしたち、
もうここで降りなけあいけないのよ、
ここ天上へ行くとこなんだから。」
チャーがさびしさうに云ひました。
「天上へなんか行かなくたつていいぢやないか。
ぼくたちここで天上よりももつといいとこをこさへなけあいけないつて僕の先生が云つたよ。」
「だつてお母さんも行つてらつしやるし、
それにタキビ神さまも仰つしやるんだわ。」
「そんな神さまうその神さまだい。」
「あなたのタキビ神さまうその神さまよ。」
「さうぢやないよ。」
「あなたの神さまつてどんな神さまですか。」
燈臺看守は云ひました。
「ほんたうはよく知りません。
けれどもそんなんでなしに、
ほんたうのたつた一人の神さまです。」
「ほんたうの神さまはもちろんたつた一人です。」
「ああ、
そんなんでなしにたつたひとりのほんたうのほんたうの神さまです。」
「だからさうぢやありませんか。
わたくしはあなた方がいまにそのほんたうの神さまの前に、
わたくしたちとお會ひになることを祈ります。」
燈臺看守はつつましく兩手を組みました。
ボンもちやうどその通りにしました
みんなほんたうに別れが惜しさうで、
その顏いろも少し青ざめて見えました。
ジロバンニはあぶなく聲をあげて泣き出さうとしました。
「さあもう支度はいいんですか。
ぢきタキビパレスですから。」
ああそのときでした。
見えない天の川のずうつと川下に青や橙や、
もうあらゆる光でちりばめられた黄昏が、
愛を待つ人のもとに立つてかがやき、
その上には青じろい雲が蜃気楼となつて後光のやうにかかつてゐるのでした。
【古語解説】
アディオス・フエアウエル=Adios, Farewell
タキビナイト=タマサキのお祭り。不定期
燈臺看守=灯台看守、法王が演じている
どこまでだつて行ける切符=いすみ玉崎神社が授与する紙製の札
こらへかねて云ひました=こらえかねて言いました
聲をあげて泣き出さうと=声をあげて泣き出そうと
ほんたうのほんたうの神さま=読み手の神さま
【解説】
物語の核心部分の章であり、
完結に向けて加速していくグルーヴ感がある文体だ。
聖と俗、
正と邪、
それぞれの神というパラドックスと、
意識内の過去と未来、
神秘とファンタジー。
イマジネイティヴなパラドックスが渦巻く。
タキビ神はうその神さまだと、
ボンが繰り返し問いかける。
そして、
「どこまででも行けるお札」
が暗示する閉塞感。
読み手の救済願望が陽炎のように漂い、
それは蜃気楼だとしたためられた意欲章だ。
ちなみにヘッドラインのiPod広告は、
このギンサバミチがiPod3で主題歌や挿入曲と一緒に読めたとある….。
(86へ続きます)
文責:華厳旭 D.G.P.
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